トムアットザファーム感想 サスペンスの名人

グザヴィエ ドランのトムアットザファームを今更ながら見た。いやはや、恐ろしい映画だったぜ。ドラン作品はこれ含めて4本しか見れてないのだが、その内二本を劇場で見たこともあって結構自分の中で思い入れが深い監督の一人だ(生意気な意見かもしれないけどそれが正直な思い)。
mammyは題材そのものから強いシンパシーを感じたし、英語と日本語以外で作られた作品を劇場で見たのは多分あれが初めてだったと思う。美しい映像と画面サイズを使った演出、そして音楽の使い方にも大きな衝撃を受けた。中学一年生の自分にとっては映画に登場する何もかもがフレッシュに見えた(それが故のもどかしさも今からすれば貴重な感覚だった)。
たかが世界の終わりもかなり好きだった。映画のほとんどが家族喧嘩という何とも居心地の悪い映画(それこそがドランの好きなところなんだけれども)なのだが、その喧嘩をする大物役者一人一人のとてつもなく繊細で美しくすらある表情に思わず惹きつけられたしまった。それに加え恋のマイアヒをあそこまでかっこよく使うなんて!!という衝撃もあり、こちらも自分にとって忘れらない映画体験となったのだ。

さてここに来てのトムアットザファーム鑑賞なのだが、サスペンスの名人(あるいは気まずい描写の達人)としてのドラン大爆発といった感じで痺れるほど刺激的な感覚に満ち溢れた映画体験となった。吐き気を催してしまうほどに。先程も少し触れたのだがドランが持つ協力な武器、それはサスペンス的な気まずい空気感の描き方だと思う(勿論、映像と音楽の混ぜ方も最高of最高なのだがそれについては別の機会に語りたい)。胸騒ぎの恋人の失恋シーンなどを見て頂ければわかるのだが、人と人の関係の崩壊、あるいは心が軋み切って今にも捻じ曲がってしまいそうな瞬間の描き方があまりにも強烈なのである。映像の美しさや音楽の使い方にも特徴があるので、そういった面の心地よさをメインに楽しむべきなのかなと思っていたら飛んでもない所を引き摺り回される。それこそがドラン作品の特徴だと自分は勝手に考えている。イメージはかなり違うかもしれないが緊張感の描き方という側面でいうとクリント イーストウッドやシリアスモードのスピルバーグと通じるものがあるよなぁと度々考えてしまう。イーストウッドミスティックリバーアメリカンスナイパー、スピルバーグミュンヘン等で多用されていたような何とも容赦無く、無慈悲な緊張感。ドランの作品にはそれらが我々を激しく突き刺してくる瞬間が必ず何箇所かはある。
トムアットザファームはそれがずっと続いていくような映画だ。なので吐きそうになるほど息が詰まったし、身体が震えて止まらなかった。主人公トムと彼の死んだ恋人の兄フランシスとの間に流れる言い尽くせないような気持ち悪い雰囲気、そして暴力とその示唆。憎しみや後悔だけでなく、そこに愛情や執着心をも織り交ぜて来るから気持ち悪くて仕方ない(めちゃくちゃ良い意味で)。一体何があったらこんな映画撮ろうと思うのか。撮ろうと思ったとしてどうやってこれを完成させるのか。ドランという人はどれほど繊細かつ強靭にできているのだろう。それを想像すると映画の雰囲気とも似た何とも言えない恐ろしさに襲われる。
本作はスリービルボード、ファーゴ、ノーカントリー等といった田舎映画としても凄まじい。田舎に溢れる閉塞感、保守的な理想像そのものが人の心ひたすらに食い破っている様をこれでもかというほどに描き出してくるのだ。自分としては最低のクソ野郎にしか見えなかったフランシスもそういった価値観の奴隷であり、暴力的である事しか知らない哀れな人間として描かれている。そんなフランシスにUSAと大きく書かれた服を着せる辺り、攻めまくってて面白い。どの場面にも暴力性や閉塞感、あるいは強烈な風刺を醸し出すアイテムが配置されていて終盤までとにかく息苦しいのである。先程の服、牛の死体、アイロン、瓶ビール等見ていて震えだしてしまうようなアイテムが次々と登場する。それら一つ一つの使い方を見ていると思わず、「ドラン先輩、何てやつだ……。」と呟きたくなってしまうほどである。
あらゆるテーマを扱っているはずだし、ドラン本人が意識したのは違うことなのかもしれないが自分には「典型的なマチズム、或いはマチズム的なアメリカ人男性像、そしてカトリック的な価値観への怒りや憧れや失望、それらとの別れ」が刻印されているように感じた。正直、フランシスがどうしての忌々しいヴィランに見えてしまう辺り、ドランと自分は物の見え方が大きく異なっているんだなと感じざるを得なかったわけだが、最後にたむろする若者たちを何とも悲しそうな目で見つめるトムの姿にははっきりシンパシーを抱いた。総合的に見た時、やっぱりこの監督の作品にはどこかハマるものがあると思う。

そんなドランが撮るアメリカ映画とはどんな物なのだろう。ジョンfドノヴァンの死を見るのがより楽しみになってきた。

トム・アット・ザ・ファーム(字幕版)

トム・アット・ザ・ファーム(字幕版)

  • 発売日: 2015/05/02
  • メディア: Prime Video